日系コミュニティー, 日系社会ボランティア

ブラジルで会った縁の人シリーズ

両親の仲人さん編。

 

両親が移民1世であるわたしには、遠い知り合いが何人かいます。

 

正しくは、「たくさんいるみたいだけど、わたしが生まれる前または生後1年以内に会った人なのでこっちは覚えてないパターン」がほとんどです。笑

 

今回、再会したのはわたしの両親の仲人にあたる人。父と同じJICA移民として渡伯し、20年近く滞在して日本に戻られました。

 

 

永住権を持っている日本人(1世)は2年以上ブラジルの外にいてはいけないことになっています。つまり、日本に戻ったとしても2年に1回はブラジルにもどってこないと、無効になってしまうそうです。

 

ということでこのおじさんも2年ぶりにブラジルに来られ、10日ほどの滞在中にお互い都合がついたのでお会いした形でした。

 

 

最後に会ったのはわたしが中学生ぐらいだったので10年以上前?
我が家は大阪、おじさん家族は和歌山に住んでいたのに、まさかのブラジルで会うというなんとも不思議な再会でした。

 

父と同じJICA移民なのですが、父は工業移民で1980年の2月、おじさんは同年3月の農業移民だったので、

 

どうやって知り合ったんですか?と聞いてみたものの

あれ?なんやったかな?もう覚えてないなぁ。

とのことでした。

 

友人歴も長くなるとそうなるもんなの?笑

 

 

 

 

そして母がこのおじさん夫婦と一緒に働いていたことで両親は知り合い、結婚に至ったわけです。

このご夫婦の職場というのがしめじ栽培の研究をしていた会社だそうで、(まだ若かった)母は奥さんの助手として雇われました。

 

同じ職場だったのは聞いていたけど、しめじの会社だったとは。笑

 

ちなみに、わたしがAnna姉ちゃんと呼んでいるこのご夫婦の長女が、両親の結婚式でリングガールでした(^^)

 

 

 

ところで、わたしのMIKAという名前は「美果」と書きます。

ブラジルは美味しいフルーツがたくさんあることで有名です。しかも安い!だからたくさんの人に愛され、作られ、食べられ続けています。

 

そんなフルーツが花を咲かせ実をつけて、みんなから愛されるように育ってほしい。

しい物」それがわたしの名前です。

 

 

 

脱線したようにみえますが、とにかくわたしの名前が「しめじちゃん」とかにならなくて本当によかったなぁ、と安心したってことを言わせてください。

 

 

 

今では貴重な移民の1世。いろんな話が聞けました。

  • 最初、ブラジルに来た時はジャカレー市で研修があってねぁ。
  • おじさんのときは地下鉄の黄色い線はなかったんだよ。
  • しめじを売るだけじゃなくて料理法も教えに各地を回った人がいてねぇ

 

その方の弟さんがここの大将だから

と連れて行ってくれたのが、パウリスタ通りにあるお寿司屋さん

 

すし源」

Rua Manuel da Nóbrega, 76 – Paraíso, São Paulo – State of São Paulo

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チリ産の牡蠣と、Sushi-tei (ランチメニュー)を頂きました♪

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ビジネス街なので、ランチで来られるブラジル人サラリーマンも多数。

がっつり日本料理はブラジルに来て初めてだったので、お店の中の「日本っぷり」にびっくり。あそこまで再現されてるのってすごいことだと思います。

 

 

お土産に、ブラジリアの知り合いが作ったというハチミツを頂きました。

 

原生林の蜜を吸った蜂から採られたハチミツだそうです♪

 

 

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蓋を開けても穴が開いてなくて、ハサミで口を切って自分で開口するシステムでした。

が、もはや驚かない。笑

 

 

 

生きる道とハチミツの出し口は自分で切り開く。

 

それが日系ブラジル人である。

 
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