日系社会ボランティア, 日系社会隊員紹介

日系社会隊員リレー⑥花咲かシニア塚本さん

第6回目もこれまたブラジルのおとなり、アルゼンチンからです!

 

塚本さんは、日系社会シニアボランティアとして、アルゼンチンで「土壌肥料」という職種で活動されていました。

※私たち2016年1次隊までは、日系社会ボランティアはすべての国(ブラジル・アルゼンチン・ボリビア・パラグアイ・ドミニカ共和国)が横浜訓練なので、塚本さんも同じ訓練仲間です。

 


 

JICAボランティアになるまで

40年ほど前、大学卒業後 ブラジル・ブラジリアの新都市開発計画での就職が内定していたのですが、日本での現実に圧し潰されてしまい実現できないでいました。
それから40年、JICAボランティアという形でで応募し合格、「若かりし頃の夢」を南米アルゼンチンにて実現することができました。

 

任地の紹介

アルゼンチンン・ラプラタ市では126世帯(約600人)の日本からの移住者とその家族が生活しています。
ラプラタ日本人会は、高知県人会を筆頭に全国47都道府県すべてからの方々とその子や孫で構成されおり、アルゼンチンの日本人会の中でも最もまとまりのいい地域だと言われています。
「Mercoflor花卉生産者販売協同組合」が配属先です。

 

活動内容

ブエノスアイレス大学農業部でのセミナー
日本で古来より里山などで作成され使用されてきた「ぼかし肥料」「木酢液」、家庭からの排出生ゴミを使っての「高倉好きコンポスト」のセミナーと実演(制作)。
その有効性を示すための試験栽培を中心に「土壌改善」「低農薬有機栽培」をテーマに活動していました。

 

印象に残っている出来事

任国での2年間の活動の中で、私を支持し協力してくれたカウンターパートSr.Gerardo氏と、ラプラタ日本人会の多くの皆様からの温かい心情は、忘れることなどできません。

 

 

大変だったこと

週4〜5日(多い時は週7日)、片道1時間25分かかるバスの通勤、バス停でのバス待ちを入れると約4時間を通勤に費やさなければなかったことです。
バス停やバスの中でアミーゴ(友人)をつくるようにしました。
州警察官、小学生、農業高校学生、知的障害者施設職員、小中学校の女教師、女子大生など、職種も年齢もさまざまな顔見知りである乗客へ積極的に話しかけることで、アミーゴ、アミーがを作り、カステジャーノ語(アルゼンチンで使われているスペイン語の一種)の勉強をさせてもらいました。
ラプラタ日本語学校のよさこい部員たち

 

帰国後…

郷里・静岡に戻り、3日ほどたったとき,
“Me gustaría Volver a La.Plara”(ラプラタに帰りたい)
と思っていました。日本が嫌いになった訳ではなく、アルゼンチンとそこで生活に慣れ親しんでいる私がここにいることを感じていました。
帰国後3ヶ月が過ぎましたが、「ラプラタに帰れる者なら今すぐにでも!」
ラプラタのシンボル、Catedral(大聖堂)

 

 

後輩ボランティアのみなさんへ

JICA隊員が活動する上で最も重要な4つの事
1. よく食べる。=任国の食事場を理解し美味しくいただく
2. よく寝る。=今日解決できなかったことは、明日なんとかすれば良い。
3. よく考える。=プラス思考が必要
4. よく動く。=積極的な行動で暗雲の中に光明見えることがある。

 

おまけ

随伴家族として連れて行った息子(当時14歳)は、ラプラタ郊外の半私立の学校へ2年間通いました。日本語は全く通じず、英語も好調と英語教師としか使えない学校生活の中で「人と人との繋がりは言葉ではない」ということを学んだ様です。
最終学歴「小学校卒業」ですが、現在コンビニでバイトに精を出しています。

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