帰国後の記録

【発表しました】往還の時代の日本語教育@早稲田

早稲田大学の野球部がブラジル遠征で汗を流すころ、私は早稲田大学のキャンパスで「22号館てどこ?」と汗だくでおろおろしておりました。

ちゃんとたどり着けた!

 

きっかけは、任期中にサンパウロの日本語教師研修でお会いした大学の先生からのメッセージでした。
「今度、研究会をするので、よかったら話しませんか?」
なんかグループディスカッション的なやつかなぁ〜と思ってたら、まさかの前に立ってしゃべる方。笑
私が?一般ピーポーの私が?と戸惑いながらも、頑張ったのでご報告します。

 

 

イベント概要

イベント内容はこんな感じ。
スピーカー3人のトークのあとに、参加者が6〜7人のグループに分かれます。スピーカーは20分ごとにグループを変えて、質問に答えたり意見を聞いたりしました。

 

参加者には、ブラジル隊員みんながお世話になった海外日系人協会の水上さん&小田さん。日系社会ボランティアの同期隊員がいました。そのほか、日本語教育関係の大学生・院生の方など。
この記事では、私の発表内容を中心にレポートしていきます。

 

 

発表内容

 

1. 日本語教師になるまで
私が生まれてからいままでどんな移動をしてきたか、日本語だけで育ったこと、ブラジルを知らないままのモヤモヤ感がJICAボランティアの応募につながったことを話しました。

 

ここでは、私の両親の[往還]について。
「美果」という名前がブラジルに由来すること、弟が卒論で書いた家族史と横浜訓練での学んだことへの思いを話しました。
もうひとつの私が見た日系社会として、ボランティア活動をしていた学校の紹介をしました。日系人協会とは、学校の規模、などは簡単に。

 

実際に行った授業アクティビティ2つと、Youtubeチャンネルをについて。

 

技術補完研修のとき、現地の授業動画を「とても貴重な資料だ!」と感じました。
「でもこんなに日本語学校がたくさんあって、ボランティアも派遣されているのにそれしか動画がないっておかしくない?」と思い、自分の学校のチャンネルを作りました。
✔︎自分の授業の実践報告にもなる
✔︎授業参観代わりになる(ポル語字幕付き)
✔︎他のクラスに見せて副教材としても使える
✔︎子供たちとの思い出になる
そんな動画への目的と想いを話しました。

 

これに尽きるなぁと思っていたので、この部分は帰国前の最終報告とあまり変えてません。掃除をしていたら指摘されたこと、炭坑節歌って!のムチャぶり事件などのエピソードを添えて。笑

 

後半は、ボランティアという立場として疑問に思っていること・ここをみんなで考えていけたらいいなぁと思うことを話しました。

ここでいう[大人]は日系人協会や学校のトップにいる70代のおじいちゃんたちのことです。
「日系人は日本語学校に行くのが当たり前」と感じている彼らがそのままの想いで子供や孫を日本語学校に通わせるのは違うんじゃないかなぁと思っています。
詳しくはこちらの記事で。
継承語教育が日本語学校のきっかけではあるが、今の子供たちにとっては"視野や価値観を広げる場所"ということを頭においた上で教育や授業を考えていったほうがいいのでは?
というのが私の意見でした。

 

 

日本にいるとき、応募中から訓練そして派遣されて実際に先輩たちに会うまで、ブラジルでどんな人がどんな活動をしているかがほとんどわかりませんでした。(私が新規派遣だったのでなおさら)

 

確かに日系社会ボランティアは青年海外協力隊より知名度も歴史も人数も劣る。でも少ないからこそ、いろんなものを共有していかないともったいなくない?と思うのです。
以下、いろいろなもの。
✔︎知識(各日系社会・日本語学校の情報)
✔︎経験(成功体験&失敗など)
✔︎アイデア(授業ネタ・活動アイデア)

 

帰国した今も、先輩OVの足跡がわかりづらい。このままでは自分が費やした2年間も「幻」になってしまうのでは、と感じています。

 

 

6月末に帰国し、(またブラジルに戻る予定とはいえ)これから自分には何ができるのか、どんな人に必要とされているかを考える時期です。

 

ブラジルで活動中、国際交流基金主催の講演を聞きました。そのときの記事はこちら
ここで私は、日本にいる”外国につながる子供たち”の存在に気づかされました。しかし帰国後に参加した地域のセミナーでは、「地域の子供の日本語教育・母語教育の現場は、日系社会ボランティアの存在を知らない」という事実を知りました。

 

もったいない…私たち[日系日本語学校教師 ]をもっと有効活用してほしい、と思いました。
でもこれには「日本の日本語教育現場」と「日系社会ボランティア(子供の言語教育経験者)」双方の歩み寄り・情報の開示と共有が必要なのではないでしょうか。

 

トークセッション

日系社会ボランティアOBでもある渡辺先生
ピラールドスール日本語学校での20年間の経験から、ブラジルに日本語学校での大切なこと、「人間を大きくする」ために取り組んできたことなどを話してくださいました。相変わらず素敵な子供が育っているなぁと感じされられました。

 

国際交流基金の専門家としてブラジル赴任中にお世話になった福島先生
言葉を位置付け・様態・教育の3つの観点で、南米の日本語教育がどんな人材を作りだせるのかをお話しされていました。「日本語人」という言葉、ぜひ現地でも認識されるといいのになぁ。

 

 

ラウンドセッションで聞かれたこと

20分ごとに4つのグループを回って、質問に答えたり意見を聞いたりしました。
私が聞かれたこと(メモってなかったのでうろ覚えですが)
Q. ピラールのような学校があるなら、JICAボランティアは必要?
Q. 「ブラジルを知らない自分へのモヤモヤ感」ってどういうもの?
Q. そればブラジルに行って解消できたの?
Q. 2年間の活動で悔いはない?
Q. 教科書は何を使っていた?
Q. これからどうするの?
ボランティアの制度(後任の有無が常に不確定であること)などを説明する部分もありましたが、「そこが気になったのか!」というのが新鮮でした。

 

 

まとめ

逆に私は、「これまでに日系社会ボランティアに会ったこと、体験談を聞いたことはあるか」などを聞きました。
いろんな反応・感想を聞いてみると、我ながら2年でいろいろ凝り固まっちゃったのかなぁともおもいました。
個人的には先輩OBの方にお会いできたのが嬉しかったです。JICAを通さずとも、つながれたのが新鮮でした。先輩たちの足跡…どんな形でもいいから知りたい欲が少しUP!笑

 

 

懇親会でこう言ってきただき、(私もそう思います!)と心の中で叫びながらも、どこにどうはみ出したらいいのかがまだ掴めていません。
いろんな意見・アイデアを伺って「そんな選択肢もあるのか!」希望が見えたと同時に選べなくなってしまいました。笑

 

とはいえ、日系社会ボランティアの存在・経験を伝えるという点では、少しでも貢献できたのではないかなと思います。
こんな貴重な機会を与えてくださった、金沢大学の松田先生、早稲田大学の佐野先生、本当にありがとうございました。
参加して頂いたみなさまにも、感謝申し上げます。またどこかで会えますように!

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