日系社会ボランティア, 日系社会隊員紹介

ブラジル隊員リレー③ ドゥラードスのシュン先生

寄稿シリーズ3人目は同期ボランティアの「しゅんくん」です。
訓練で初めてシュン君と会った時は「え、まだ23歳?落ち着きすぎじゃない?」と思うほど、大人びていたのか大人ぶっていたのかはわかりませんが、弟というよりは同い年のつもりで仲良くさせてもらっている仲間です。
先月、春募集の結果が発表されました。いろんな想いの元、青年ボランティアが新たに生まれようとしています。
今日は、そんなボランティアとしてブラジルにやってくるまでのしゅんくんのエピソードを語ってもらいました。
プロフィール

シュン先生 2016年1次隊
職種:日系日本語学校教師(現 日本語教育)
任地:南マットグロッソ州ドゥラードス市

帰国前の6月に書いた記事ですー。
日本に帰ってからもうすぐ2ヶ月!
日本で外国人見かけると、ブラジル人じゃないかなぁと思って会話に聞き耳立てちゃうね。
2年前より、格段に外国人の人口増えたよね。住んでいるとこのとなりまちなんか、チャイナタウンって名前になってたよ。
ブラジルではCopa do Mundo(ワールドカップ)で盛り上がっていますが、6月に入ってから休みなしのラストスパート中。
今日(6月17日)は最後の御油時。日本移民100周年式典。日本領事館の方々も来るぐらい大きなイベントでした!

 

日本到着まであと9日。任地ドゥラードスを出るまであと5日。
「2年早かったなぁ」の一言。
送別会で涙を流してくれる子供達や配属先の学校の方々。感謝状やプレゼントをもらったり…
あと数日ですが、ようやく日本へ帰国するという実感が湧いてきました。

 

日本へ帰ってからは、就職・進学・旅?
いろいろな選択肢があるのかなと思います(まだ若いからね。笑)
これまでの経験を糧としつつも新しいスタートを切れることに不安がないといったら嘘になるけど、今は楽しみの方が勝っています。
けど、とりあえず帰国後1,2ヶ月は実家で休みます。(ブラジルの前にフィリピンにいて、実家でゆっくりできてないからね)
OVや大学職員の方に会ったり、セミナーなどに参加して「話を聞く」そして「経験を伝える」ことから始めようかなと思っています。

 

日系社会ボランティアになるまで…
〜漠然とした憧れからの挑戦〜

経歴
2015年 都内の大学卒業(法律学部)
2015〜 フィリピンのアンエルスというNGOで1年間 勤務
2016年6月〜2018年6月 ブラジルで日系社会ボランティア

 

もうちょっと詳しく!
日系社会ボランティアになるまでを綴ると、長くなると思うので省きながら。
今からちょうど5年前に遡ります。
20歳になったばかりの法学部の3年生。居酒屋でキッチンのアルバイトをしていて、料理人にでもなろうかなと考えていた頃です。
料理は好きだし、他に何かしたいとかなかったからね。今では料理も単なる趣味程度ですが。大学初めは大学野球に打ち込んでいたため、アルバイトを始めたのは2ねんぐらいからでした。

 

初めてから1,2年 毎日のように働いて、気付いたら結構な額がたまっていたので何かに使いたいなぁと思い、漠然とした海外への憧れから、イギリスのオックスフォードに1ヶ月 短期留学に行きました。
恐喝にあって、ロンドンの街を無一文で歩いたことも、今となってはいい思い出!
恐喝集団と記念撮影(事件前)
イギリスから帰ってからは、またアルバイト漬けの日々。
そんな時に大学の職員の方に協力隊OVの人がいて、話を聞いているうちに、またまた漠然と「行ってみよう」の即決。(親に納得してもらうのは一苦労だったけど)
座右の銘「やらずの後悔より、やって後悔」
で、大学3年時に青年海外協力隊を受験。もちろん不合格。
経験としてはよかったかなって思うけど、相当の挫折感を味わいました。
資格もなかったし、英語もまったくだったから、当然といえば当然の結果なんだけど…
2次試験の面接官が、日系社会ボランティアではお馴染みの塩ちゃんだったと思うんだけど、そんな面接官に言われた一言。

 

「経験を積みなさい」

 

この言葉があったからこそ、今があるのかなと思います。
そうして、大学卒業後に「英語が学べて、なおかつ経験がつめるとこ」を探した結果、フィリピンのNGO団体でお世話になることになりました。
このうち約半数は日本で働いています
1年働き、海外受験で試験に合格し、晴れてJICA日系社会青年ボランティアになりました。
最初は漠然とした思いからだったけど、それが目標に変わり、2年間こうしてブラジルで活動を全うできてよかったなと思います。
「明日やろうは馬鹿やろう」
プロポーズ大作戦より
ブラジルでの活動や生活についてはまた今後!笑

 

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