ブラジルの日系社会で感じた、自分を肯定するということ

「自分を肯定する」ということについて考えました。

 

日本語教師の技術補完研修で、最後にS先生がぽろっと言っていたことが今でも頭に残っています。

「人間って自分のやったことは正しかったって思いたいものだからね〜」

一言一句 間違いなくはっきり覚えてはいませんが、

「活動もそんな感じでやってけばいいのよ、無事に帰ってくることが一番大事」

こんな風に続けていたように覚えています。

 

 

今日はこんな餞別の言葉と一緒に、日系社会で活動している間に思ったことを書きます。

結論めいたことはありませんが、みんなもっと自分のことを受け入れちゃいなよ!と言いたいです。

 

  1. 日系移民の自己肯定
  2. 継承日本語で自己肯定
  3. ブラジル人の自己肯定
  4. 現代人の自己肯定
  5. まとめ

 

 

1. 日系移民に見る自己肯定

「みか先生はいつ来たの?日本の出身はどちら?ブラジルは慣れた?」

日系社会で活動していると、1世の日系人のおばあちゃんたちとよく話をします。

必然と私の生い立ち(ブラジルで生まれ1歳で日本へ移りました)を話す流れになる中で、印象に残った言葉がいくつかありました。

「あなたの時代は帰れたのね~、よかったわね~」

「日本でポルトガル語は習わなかったの?じゃあ言葉がぐちゃぐちゃにならなかったのね」

日本人としてブラジルに渡ってきたおばあちゃんたちこう言われたとき、最初は「そうか、そういう考え方もあるのか」と思いました。

「ブラジルには残らないの?」もよく聞かれます。

 

もし日本から来た私がブラジルにずっと残ったら…?

「みか先生も残ってくれた。日本人だけどブラジルで生きるということもアリなんだ!」と思えるのかもしれません。

「自分たちの決断・選択への肯定」

もしかしておばあちゃんたちは(ブラジルに残るという)自分の決断が正しかったと、信じたい気持ちがあるのかな、と感じました。

 

 

2. 継承日本語の中にある自己肯定

「日本人の言葉や文化を自分の子孫にも引き継ぎたい」
ブラジルの継承日本語教育はこんな想いから始まりました。

しかし今や6世がいる時代。正直、ブラジルで生きていくうえで日本語はあまり重要ではありません。

それでも日系の人たちが子供に日本語を習わせるのは、自分たちが日本語を勉強したことは正しかった。つまり、自分の受けた教育への肯定なのでは、と最近感じています。

 

もちろん日本語学校に通うことで、異文化理解や礼儀が身につけば、それは素晴らしいことです。

また、子供たちが 「なんとなく楽しい!気づいたら学校に来てる!」と思える授業を提供することは、我々日本語教師ボランティアの活動の醍醐味でもあります。

ただ、子供の教育は子供のためという本質を失っているのでは?という親世代も残念ながら見受けられます。

 

 

3. ブラジル人の自己肯定

ブラジルではスマホの待受が自分の写真、という人をよく見ます。

しかも笑顔のどアップとかとびきりの1枚。バスや電車でちらっと見えてしまった場合でもそれが確認できちゃうほどです。

Instagramでは自撮り写真を載せる人も多いです。プロフィールページに飛んでみたら自撮りしか載せてない、みたいな人もいます。圧巻です。

 

どういう心理なのかは別として、こんなに毎日 自分を笑顔が見れたら幸せだろうなと思います。

自分の容姿を受け入れる

これを日本人よりも簡単にできちゃうのがブラジル人の性格だとしたら、彼らの方がうまく自己肯定しているのかもしれません。

 

 

 

4. 現代人の自己肯定

インスタ映え、狙ってこー

流行語大賞にも選ばれた「インスタ映え」、ずばり私はインスタ映え全然狙っちゃっていいと思う派です。

インスタ映えするために食べ物やお金を無駄にするのは問題だけど、「素敵な景色を見たから共有したい!」「美味しいお店見つけたから誰かに教えてたい!」というのはごく自然な気持ち。

アウトプットすることで自分の感性を切り取って記録しておけます。

 

「成功する子供の家にはその子の写真がたくさん飾ってある」というのを何かで読みました。

外国の家の暖炉の上や出窓に、所狭しと子供や家族の昔の写真とか飾ってるのを見たことありませんか?

家族が家族であることを、その子がその子であることを認められる環境なんだと思います。

 

自分の写真でも美味しいものでも絶景でも、見返して元気になれるならこれも立派な自己肯定。

 

 

 

5. まとめ

そゆことです。(雑)

 

自分自身を振り返ってみても、学校に通って、受験して、部活したりバイトしたり、就職して、働いて、辞めて、ブラジルに来て….

「あのときこうすればよかった」と思うことはありますし、消えていくものもあれば残っていることもあります。

でも最後は結局こうなる。

これでよかったんだ」

 

「これでよかった」と裏付けをするために未来を作っていってもいいと思います。(それが継承語教育での自己肯定になってしまってるけど)

 

 

人生でも活動でも、もっと自分のやってることを肯定していいはずです。

自信持っていこー。

世界中で自分のことを気にしているのは自分だけ。

 

“ブラジルの日系社会で感じた、自分を肯定するということ” への4件の返信

  1. 〉〉もしかしておばあちゃんたちは(ブラジルに残るという)自分の決断が正しかったと、信じたい気持ちがあるのかな、と感じました。

    (ブラジルから日本へ戻るという)決断をされ、現在日本にお住まいの方々の話を届けるのも私の役割なんじやないかな、と感じました。

  2. 返信が遅くなりました、コメントありがとうございます!
    うちのおじいちゃんがそのパターンですが、特に日本に戻った方たちのデータやお話というのは貴重だそうです。
    ブラジルへ行ったが失敗して帰ってきたというイメージを彼らが持っているので言いたがらなかったりとか…
    そんな人たちも「これでよかった」って口に出してもらえるようなお手伝いもしたいですね。

  3. エリママ!笑
    賛同ありがとうございます
    残り4ヶ月がんばりましょう!

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