日系社会ボランティア

講演「人の移動と地域の日本語教育」を聞いて、”移動する子どもだった”私が思ったこと

こんにちは、任期が残り半年のミカ(@mica513)です。

 

昨日、ジャパンハウスで行われた講演会に行ってきました。日本語教師2年生のボランティアによるイベントレポです。

 

目次

  1. イベント概要と参加した理由
  2. 講演内容ざっくりまとめ
  3. 一番印象に残ったこと
  4. 私の場合
  5. 関連リンク

 

1. イベント概要と参加した理由

今回 私が参加したのは、こちらのイベント。

人の移動と地域の日本語教育
〜帰国生、帰国・海外子女、移動する子どもとその家族をめぐって〜

国際交流基金サンパウロ日本語センターとサンパウロ大学が主催の講演会。

概要はこちら(チラシのまんま抜粋)

 

なんかよくわかんない….難しそう….なんなら今の活動には直結しないかも。

でも私もかつては移動する子どもだったし、母はその家族だったからつながる部分もある?かも?

それにこういう分野の話も聞いといた方がちょっとは帰国後のヒントになるなぁ〜。

こんな動機で参加しました。

 

2. 講演内容

こんな流れで進んでいきました。(これもチラシまんま抜粋)

ブラジル、日本、アメリカの移動してきた子どもたちについて、こんなことを聞きました。

  • 移動することになった背景
  • どんな困難や課題と直面しているか>
  • 学校や親、支援団体がどんなサポートをしたか(しているか)

お話を聞いた後、後半は記入式で募集した質問について答える、という時間がありました。

 

 

3. 感想(印象に残ったこと)

本当に知らない世界が広がってました。笑

全体で印象に残ったのは、言葉と心の関係です。

もちろん心理言語学とかを勉強したことはあったけど、移動したことで言葉や心に悩みがある人の事例を聞いて、移動する子どもや家族にとっては、言葉のサポートだけでなく心のサポートも必要ということを改めて感じました。

 

「言葉の壁」ってよく耳にはするけどこれはコミュニケーションだけの問題ではなくて、言葉ができない=考えることができなくなってしまうのです。

これは日本語だけを話す日本人の場合でも当てはまる気がします。

普段から自分の考えは言語化しておかないと、それは頭の中で消えていったり、頭の中からうまく引き出せなくなってしまう。

「言語で抽象的な思考ができないと精神的にも苦しくなる」っというようなことを聞いて、すごくしっくりきました。

 

 

知らない世界に気づいた一方で、横浜での派遣前訓練と母のことを思い出しました。

浜松訪問で大学の取り組みについて聞いたこと。

ポルトガル語ネイティブの母が、地元で日系ブラジル人の子のサポーターをしていたこと。

母、学校の連絡を日本語のわからない保護者に通訳したり、いつか帰国するかもしれない子供たちに日本語を教えたりしていました。

外国にルーツを持つ子どもたちにも、進学や就職で自由に選ぶ人権はあり、それを守るのは地域社会の責任である。

ということも講義の中でおっしゃってました。その通りですよね。

 

4. 私の場合

私は幸か不幸かブラジルでのなんの記憶もないまま日本へ来ました。普通に小中高を卒業して、大学に入って、就職することができました。

これって実はだいぶスムーズにいったパターンなのでは?

 

英会話教室に通い始めて自分もバイリンガルになれたかもしれない可能性に気づいた時、「なんで私にポルトガル語を教えてくれなかったの?」と拗ねました。笑

でもそのおかげで私には”日本語ネイティブ”を維持することができたんです。

 

「みかりんがもしブラジルに残ってたら日系社会ボランティアに日本語教わってたかもしれないね!」と同期の子に言われたとき、

「そうかも!」と喜んだのと同時に「そうじゃなかったかも…」とも思いました。日本語が全然できない、興味もないブラジルの子になってたかも、と。

もちろん、そういう日系の子たちを否定するわけじゃないけど、日本人としてできあがったあとだけどブラジルに興味を持ててよかったと思います。

 

今のところというか今になってというか、ポルトガル語も少しは話せるようになりました。これでよかったのだ。

 

 

5. 最後に

日本にいる人もブラジルにいる人も、これでよかったんだって思ってもらえるような活動・仕事がしたいです。

自分と関わった人たちが、日本語を勉強してよかったとか、ブラジルに来てよかったとか思ってもらえたら、それはだいぶ嬉しいやつ。

 

私はあと半年で任期を終え、日本へ帰ります。

どんな人と関わり、どんな仕事をしたいと思うのか。今回の講演がきっかけとなり、このタイミングで日本を向くことができました。

っていう気持ちだけでもここに記録しておきます。

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

6. 関連リンク

もっと詳しく知りたい!という方へ。

3名の先生がそれぞれお話しされた内容をざっくりと、とりあえずかき集めたリンクを貼っておきます。

ブラジル:中川郷子先生[カエルプロジェクト]

デカセギから帰ってきた日系人に連れられた日本育ちの子どもたちが、ブラジルの公立学校ででも対応できるように、ポル語教室、電話やメールでの相談や、同じ境遇の子どもとふれあうためのワークショップをしている。

日本:野山宏先生 [移動する子どもとその家族への調査と支援 ]

  • リンク:日本語 OPI研究会
  • 「生活基本漢字381字」
  • 地域の年間行事の中でどんな学びを引き出すことができるのか。対話の重要性

アメリカ:カルダー淑子先生[補習校の国語から多様な継承語へ]

戦後移民や駐在の子どもなど帰国予定者向けの国語教育だったが、強制収容で継承が途切れたりして、わだかまりをもったままの日系人もいた。

数年で帰る予定だったけど意外と長く滞在してしまい、その間に、英語も日本語も不十分になってしまった。また国語・継承後・外国語の線引きは今や難しくなってきている

 

 

4 Comments

  1. レポート拝読しました。どうもありがとう。かつてブラジルでいっしょに日本語教育に取り組んだ現地の仲間が、このようなイベントに取り組んでいるのを聞いていたので、参加者の声が聴けて嬉しかったです。
    任期最後までぜひがんばって!
    日青V15回生 藤川純子(フロリダパウリスタ)

  2. バイリンガルになるって大変なことですよね、モノリンガルに育てられた私は自分の子供達は必ずバイリンガルにしようと考え育てていますが、自分が正しいのかどうかいつも一歩一歩怖々進んでいます。

  3. コメントありがとうございます。お子様の年齢にもよりますが、結局は本人の意思を尊重してあげるのが一番だと思います。
    日本での永住が決まった時点で母は私にポルトガル語を話さないようにしたそうですが、後に英会話教室に通わせてくれました。
    私は英語が好きになり、ポルトガル語にも興味を持ちましたが、「ポルトガル語に興味を持つとは思わなかった」と言っていました。笑

  4. コメントありがとうございます。
    OVの方はこれから応募を考えている人にも、ブラジル日系のその後とこれからを覗いてもらえればと思って発信しています。
    残り半年、がんばります!

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